音楽の基礎能力を育てる

音楽の基礎能力は、いくつかの能力の複合からなっていると言えます。

ソルフェージュ:読譜に関するいろいろな能力を身につけること。

  • 音符の高さと長さを読み取る
  • 音符の音を声に出して、または心の内で再現する
  • ピアノで弾かれた音を耳で聴いて楽譜に書き取る(書き取り聴音書)
  • ピアノで弾かれた音を耳で聴いて鍵盤上で弾く(聴音奏)
  • 初めて見た楽譜の音を再現する(初見視奏)

楽典:楽譜に書かれている楽語や記号の意味や、音楽理論を理解すること。

音楽のリズムを身体で感じる能力(リトミック)

正確に楽譜を読み、音楽を心の耳で聴き、身体の内側から演奏する。このような諸能力の複合が基礎を作ります。

イネガル奏法

バロック時代の音楽では、特にフランスでイネガル(不均等)奏法という習慣がありました。楽譜上で均等に書かれているリズムを不均等に演奏します。

呼吸のリズムは、吸うと拍の比率は、起きている時で1:1、寝ている時はおよそ1:2に近くなります。心臓リズムも1:2ですね。このような身体的な体験が基盤にあって、それが前者は2拍子、後者は3拍子というふうに、偶数拍子と奇数拍子に分岐してゆくのでしょう。

ただ〈音楽〉として分節されたこのようなリズムは人口的なもので、実際の呼吸は1:1と1:2の間で無数に可能な 、より微妙な比率で分割されたリズムで膨張と収縮が繰り返されているのが自然です。

イネガル奏法は、人口的に分割された音価にこのような身体性から生じる自然な揺らぎを与えるものと考えられるでしょう。例えば連続した二つの8分音符を1:1ではなく、2:1に近い比率で弾きます。どの程度の比率の揺らぎを与えるかは奏者の自由に任されており、そこに解釈の楽しみがあります。実際に同じ曲を別の演奏者で聴き比べてみると、だいぶ違いがあり、ほとんど3:1(いわゆる付点リズム)に近くまで揺らしている奏者もいます。

イネガル奏法を使うと、ジャズで言うスウィング感が出て、メロディーが歌うようになります。ただしこの時に音のグルーピングを間違えるとだいなしになります。表↓裏↑/表↓裏↑/では音楽の動きは生まれません。リズムは裏拍から始まります。裏↑/表↓裏↑/表↓裏↑/表↓です。表裏ではなく、ウラオモテのある人になりましょう!

フランスのラモーの曲はイネガル奏法をたくさん使えるので、ぜひ挑戦してみて下さい。優雅で美しく、また楽しい曲が多く、私も一時期ハマり、全48曲を録音したことがありますこの音声もその時のものです。(その他もYouTubeチャンネルで聴けます。)

完全にノーペダルで弾いていますが、音価を不均等に弾くこと音に流れが出て繋がっているように聴こえると思います。私の趣味としてイネガルの揺らぎの量は基本的に少な目で、フレーズの形などによってたまに強めになるという程度にしています。

ちなみにバッハの曲にイネガル奏法を使うとドイツ語のリズムには合わないのか、違和感がありますが、それでも表面上はわからない程、身体の中だけでイネガルなリズムを感じて弾くと、それだけでスウィング感が出るようです。また別の時代区分の曲でも使える場合があるように思います。色々と試してみると良いでしょう。

ハーモニーの分析

曲の中で、三つ以上の音が同時に鳴ると和音が作られます。多くの西洋音楽の楽曲では、中心となる和音に対して、その他の和音が階層的に秩序付けられることによって、お互いに意味のある関係性が表現できる仕組みになっており、それが緊張と弛緩、遠い近い、といった印象を生み出すように働いています。「ハ長調」とか「ハ短調」といった言葉を聞いたことがあると思いますが、これはその中心となる和音を表しています。和音がお互いに無関係に並んでいるのではなく、ある関係性を生み出すようになっている仕組みを「機能和声」と呼びます。ハーモニー分析とは、楽譜に書いてある和音がどのように構成されているか、またそれが全体の地図の中でどのような位置にあり、どのような機能を果たしているのか、などを理解することです。

ハーモニーの分析ができると以下の良いことがあります。

  • 曲の中でハーモニーによって生み出されている緊張と弛緩の動きを明確に表現できるようになる。
  • それによって音楽に推進力が生まれる。
  • 楽譜上で和音が出てきたときに、ひとつひとつの音を読むのではなく、パターンで認識できるようになるので、譜読みが格段に楽になる。
  • 初見が上達する。
  • 暗譜が楽になる。
  • 理論的な理解は記憶を助けるので、暗譜がより確実になる。
  • ポップスの楽譜などのコードネームが読めるようになる。
  • 簡単な即興や作曲できるようになる。

ハーモニー分析は、主にローマ数字を用いた方法や、コードネームを用いた方法があります。それぞれの良さがありますが、できれば両方から捉えることが望ましいでしょう。ジャズのハーモニーなどの考え方もお伝え出来ます。

楽曲解釈の力をつける

楽曲解釈とは、楽譜に書かれている情報を深く読み取ることです。楽譜に書かれている音符は、鍵盤を機械的に押すだけでは、なかなか生きた音楽にはなりません。楽譜を読んだ人がその音楽を自分の心の動きとして掴み、その内なる音楽を、身体を通じて鍵盤に伝えてはじめて、実際に鳴り響く音に命が吹き込まれるのです。

心の動きとして音楽を立ち上げるために必要なのが、楽譜を読む力、つまり音楽を解釈する能力です。初心者は音符の高さや長さなど、表層に書かれている情報を読み取ることから始めますが、より経験を積むにつれて、曲の形式、曲全体の構造、モチーフやメロディーの作り、和音のつながりなど、背景に潜んでいる情報を読み取れるようになります。文章で言えば〈行間を読む〉作業に例えられるでしょう。

楽曲解釈にはたった一つの正解というものはなく、演奏者が選べる自由度がある点に大きな面白みがあります。楽譜を深く読み込むために必要な知識にはさまざまなものがありますが、できるだけ初歩の段階から曲に取り組む中でお伝えしてゆきます。

リズムトレーニング -生き生きとしたリズムー

季節の変化、月の満ち欠け、潮の満ち引き、昼と夜、掴むと手放す、出会いと別れ、生まれると死ぬ、生命には呼吸のリズムがあります。私たちの身体は、これらの自然のリズムを感じる場であると同時に、私たちの身体自体もリズムを持っています。

身体の中のリズムは単層的なものではなく、心臓のリズム、呼吸のリズム、頭蓋仙骨療系の脊髄液のリズム、歩行のリズムなど、複数のリズムが重なり合って多層的なリズムを作っています。音楽でも同じです。曲の中に含まれる多層的なリズムを分析し、身体で感じ取りながら演奏すると、音楽が生き生きとしてくるでしょう。

生き生きとしたリズムの秘密は、裏拍にあります。日本人は裏拍を取るのが苦手と言われますが、これは日本語のリズムにも関係がありそうです。裏拍の取り方のコツはレッスンでお伝え出来ます。

楽器上でリズムトレーニングをするのも間違いではありませんが、初心者にとってはリズムに注意を向けながら、鍵盤の操作にも注意を向けるというのは、処理するタスクが多すぎます。

手拍子などのボディーバーカッションや、小さな打楽器などを使って、拍、拍子、リズムパターンなど、リズムの多層性を身体にしみこませてしまうほうが近道です。

効果的な指使い

豊かで自然な音楽表現は、指使いによって決まると言っても過言ではありません。何が自然な指使いかどうかは、その人の手や指のサイズや形、そして先に書いたグルーピングとも関連して決まってきます。音楽表現に照らしたときに、各指の特徴が生かされている指使いが良い指使いと言えるでしょう。そもそも無理な動きを練習によって出来るようにするという発想では、指や手を痛めることになりかねません。指の自然な動きと音楽的な効果が一致する指使いを発見しましょう。楽譜についている指使いは、特に編集者がつけている場合は、その人の考えが反映されているもので、絶対ではありません。作曲家が指定している場合は、編集者のものよりは情報として優先価値があると私自身は思っていますが、いずれにしても絶対ではなく、同じ曲の違う版を見比べて、自分にとって一番良い指使いを見つけることが大切です。

身体と音のつながりを育てる

音楽とは音によって作り出される動きの感覚のことです。音楽の中の音符は、それ自体は動いてはいませんが、音符の並びが実際の音として時の経過の中で鳴り響く時、私たちはあたかも何らかの物体が空間において動いているかのような〈動きの錯覚 〉を受け取ります。音楽はこの〈動きの錯覚〉を生み出す能力によって、聴く人の身体を動かしたり、感情を動かしたりすることができます。

 では楽譜の音符をただ鳴らせば誰でも自動的にそのような〈動きの錯覚〉を生み出せるのかと言えば、そうもいかないのが難しいところです。音を出す演奏者が楽曲に内在している運動を自分の身体運動として感じながら音を出すのでなければ、聴く人の中にその運動感覚(錯覚)を生み出すことはできません。

 演奏に必要な身体の動きには二種類あります。ひとつは今言った、楽曲構造に内在する音の運動を身体内部の動きとして写し取ったもので、これを〈内的運動〉と呼ぶことができます。これはどちらかと言えば内臓や筋肉の動き、気の流れなど、身体内部で生じる動きです。もうひとつは指や腕の動きなどの楽器で音を出すのに必要な、外からも観察可能な動作で、これを〈外的運動〉と呼ぶことができます。

 この内的運動と外的運動は必ずしも一致しないことが多く、一見矛盾するふたつの動作を本人には完全に一つの動きとして感じられるほどに、いかにコーディネートし行うか、そこに演奏という行為の複雑さがあります。 

 でも二つの矛盾する動きを同時に行うなんて可能なのでしょうか? 簡単な実験をしてみましょう。机の上に腕を乗せ、肘からから90度まげて腕を立てます。その感覚を覚えておきます。今度は腕を机の上に乗せたまま、透明な見えない腕だけが90度曲がって立ち上がるようにイメージします(幽体離脱のように!)。できますね?                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

 このように必ずしも一致しない内的運動と外的運動をひとつの身体で再現しながら音を出すことは、生き生きとした運動性を湛えた音を生み出すのに必要です。そしてそのためには楽譜の音符から運動を読み取る能力や、それらを感じ取る身体知が前提となります。音楽分析の知識や体操などを組み合わせて総合的にアプローチすることで、これらのスキルが身についてゆくでしょう。

音のグルーピング

音楽の演奏でもっとも大切なことは推進力です。つまり音楽が〈前に進んでいる感じ〉が出せるかどうか。この効果が上手に出せるかどうかは、楽譜に書かれている複数の音をどのようにひとまとめとして捉えるかによって決まります。音をまとまりとして捉えることを〈グルーピング〉と言います。楽譜上の連桁(音符から出ている縦棒をつなぐ横棒のこと)によるまとまりは、演奏効果を出す上で必要なまとまりと必ずしも一致しないことの方が多く、通常は効果的なグルーピングについての指示は楽譜には書かれていません。したがって、演奏者が楽譜から読み取る必要があります。グルーピングの知識を使えば、誰でも旋律を流れるように弾けるようになります。

楽譜の音符の連結は、表拍と裏拍をつなげて書いていますが、実際の音楽での音のグルーピングは裏拍から表拍へとつながっていくのが基本的なグルーピングです。ただし、それはあくまでも基本なので、実際のグルーピングは他のさまざまな要因を細かく分析して最も理にかなった形を発見する必要があります。

このような知的な作業は、情感豊かな演奏と相いれないような印象を与えるかもしれませんが、事実はまったく逆です。表現したい想いが強ければ強い人ほど、知的に音楽の輪郭を捉えることが、その情感の表現を助けてくれます。