重音の練習法

写真の楽譜はアルベニスの〈イベリア組曲〉から”エリターニャ” の一部です。このように半音を含む重音はなかなか覚えづらいですね。また似たような響きなので、耳で捉えるのも難しいです。

そこで解決法ですが、縦軸上に重ねて書かれている音符を水平に展開してメロディーとして弾いてみます。

例えば、二拍目の和音を、B-D-D-Fis-Gというメロディーとして弾いてみます。きれいなメロディーが現れます。

その上で、もう一度重音に戻して弾いてやります。すると不思議なことにさっきよりもっと一つ一つの音のが聴こえ、意味も掴めます。

コードとスケールは別のものではなく、同じ構成音を持ったひとつの音色であって、同時的に構成すれば和音になるし、時間にそって水平に鳴らせばメロディーになるということを捉えるのが大切です。

ぜひ、今練習している曲で試してみてください。

暗譜法、記憶の仕組み

記憶以前Piano Practice Assistantというアプリを使ったことがある。記憶に関するさまざまな研究結果に基づいて開発されたらしい。

記憶術について過去の研究から効果的なのがわかっていることがふたつある。Spaced Repetition (間を開けた反復)これは、ひとつのセクションを長時間いっぺんに練習するよりも、一定の時間、日にち、週を空けて繰り返し練習する方が記憶の想起に対して効果的という原理。

Interleaved Practice(差し挟み練習)、もしくはDistributed Practice(分散練習)これは実際には、間隔反復の原理を一回の練習時間の中で用いたもので、一度の練習の中で、同じセクションを短い時間、複数回行うこと。その際に、短いセクションをランダムな順番に混ぜて(つまり差し挟んで)やることだ。すべてのセクションを順番に長い時間練習するBlocked Practiceより効果があることが研究からわかっている。

暗譜というのは中期・長期記憶に音を刻み込んでいくことだから、そのためには覚えた音を中期・長期記憶から取り出すという作業を練習する必要がある。今覚えたばかりの音は作業記憶に保存されているため、すぐに繰り返して想起して弾けたとしても、それは作業記憶から取り出して弾いているだけの可能性が高い。その時は弾けても、次の日には忘れている度合が高く、非効率的になる。

差し挟み練習では、まずAセクションを短時間練習し、次にC,E,B、D とランダムに他のセクションの練習を間に差し挟んでいく。つまり作業記憶スペースには次々と新しい情報が流れ込んでくるので、最初にインプットしたAを保持しているのが難しくなる。(人間は一度に7つぐらいしか作業記憶スペースに保持できないらしい。音楽の演奏ではひとつのセクションを弾くのにさえ、7つどころではない多くの作業が複合的に含まれていることを考えれば、おそらくひとつかふたつの短いセクションを続けて練習しただけでも、最初に入れたセクションは作業記憶からクリアされるのではないか)。つまり最初にインプットしたAは、他のセクションをインプットしている間に作業記憶スペースからかなりクリアされてしまっている可能性が高く、ということは次に何分か後に再びAの練習に戻って来た時には、作業記憶からではなく、中期・長期記憶から引き出そうしなければ引き出せないことになる。

このように、差し挟み練習法を取ることで、記憶したことを中期・長期記憶から取り出す神経回路を強化する訓練になっているようだ。Blocked Practiceはその時は弾けるので弾けたような感覚が得られるのだが、それこそが落とし穴とも言える。

このアプリでは、あらかじめ打ち込んで置いたセクションやサブセクションをアプリがランダムな順番で指示してくる。

練習について

ピアノは弾きたいけれど、練習が苦手という人は少なくないと思います。ピアノをやめてしまう理由NO1は、この「練習が苦痛」問題と言っても過言ではないでしょう。私もその昔、この問題を抱えていました。

練習が苦痛になる原因は何でしょうか? ひとつ考えられるのは、「やみくも練習法」をやってしまうことです。昔の私もこれでした。自分がこう弾きたいという強い想いはあるのですが、実際に自分が鳴らしている音と頭の中のイメージがどう違って、どこを直さなければならないのか、そして直すにはどのような作業が必要なのか、といった分析作業をせず、ただ何回も繰り返し弾いてイメージに無理やりに近づけようとする。残念ながら、この練習法の成功率は大変低いばかりか、しだいに下手クソになっていく可能性が大です。なぜなら、ダメなテイクをなかったことにして、次のテイクを上書きしようとしても、次のテイクもたいがいうまくいきませんから、実際にはダメテイクを反復していることになり、この反復作業により、よりいっそうダメテイクが身体に刷り込まれていくからです。そして本人はこれを〈練習〉と思い込んでいるので頑張って続けますが、いっこうに出口が見えません。しだいにストレスを感じ始めます。それによって身体がこわばり、さらに演奏が悪化します。これでは報われませんね。もしこのような作業を〈練習〉と思っているとしたら、それが苦痛なのは当然で、人間として正常な反応です。

反対に理想的な練習ができていれば、練習には問題解決の興奮や、達成感、満足感などの快感情を伴うものです。「練習しなきゃ」ではなく「もっと練習したい!」になります。

適切なゴール設定ができていない場合も、動機付けに欠けた練習になりがちです。ゴールとは練習の段階がどこにあるかによって、指使いを決めている、譜読みをしている、通して弾けるようにしている、表現や解釈の探索をしている、暗譜をしようとしている、細部を磨いている、など目指していることが異なるはずですが、これらがあいまいだと、譜読みの段階で、細部の表現を磨くことにこだわって一部分にだけ時間をかけるなど、練習の焦点がぼやけて無駄が多くなります。

練習はタスク処理としても捉えられますが、一回に取り組むべきタスクについて、自分の技量に合った適切な量と質を選べてない場合もあります。選んでいるタスクの量が多すぎる例としては、楽曲をただ最初から最後まで通して弾くだけといったものがあるでしょう。これでは何を練習しているのかわかりません。曲も文章と同じで階層的に出来ています。単語をつなげて文に、文をつなげて文章に、文章をつなげて段落になるように、楽曲も小さなセクションに分けて、家を建てるように組み立てていきます。

選んでいるタスクの質が複雑すぎる例としては、難しい手の動きをいっぺんにやろうとしてしまうことです。鍵盤上で行う動作は単純ではなく、実際にはいくつかの動作が同時的に行われているような多層的なものがほとんどなので、楽譜に書いてある音型をいきなり弾こうとすると難しく感じることが多いでしょう。多層的な動作は、一つ一つの要素に分解して、一つができてから次のひとつを付け加える、というふうに身体の中で整理し、コーディネーションを確認しながら組み立てていく必要があります。特に演奏経験が浅いうちは、楽譜の音型をどのように分解して練習したらよいか判断がつかないという問題に直面します。適切に音型を分解するには、音型の成り立ちを理解していないと難しいので、音楽理論的な知識もある程度必要です。分解法を学べば、しだいに自分で分解したり組み立てたりが自由にできるようになり、練習自体がクリエイティブな工夫を発揮する時間になります。

その他の原因としては、その人のストレス耐性の問題や、長期的なプロセスを信頼することの難しさなども考えられます。できないことに取り組むことは、ある程度ストレスがかかることですが、最低限のストレスに耐える力がなければ途中でやる気を失ってしまうでしょう。また、何かができるようになるプロセスは、直線的でもなければ、即効性があるものでもありません。すぐに効果が出ない場合もあります。なかなかできないなあと思っていても、水面下で何かが蓄積して、ある時に突然できるようになったりするものです。できない状態が続く間は、「こんなこともできないのか!」など、自分を責めたりしがちですが、こうした自己攻撃は自律神経系に悪影響を与え、結果を遠ざけます。長期的なプロセス信頼して、自分に優しくするという能力が必要となります。このようにピアノの練習は、セルフ・コンパッション(自分への慈悲)の修行でもあるのです。

最後に過剰な練習について。私は練習が楽しくてやりすぎてしまうことがありますが、長時間練習しすぎるのも問題があると言われています。むしろ短時間の練習を休憩を挟んで行うほうが、神経や身体記憶に定着しやすいといった研究結果もあるようです。さまざまな練習法をお伝えしますので、自分に合った方法を見つけていきましょう。