トバイアス・マティの主著

先日トバイアス・マティの本について少し書いていた。

偶然、他の方がFBで最近出来たらしいトバイアス・マティ・ピアノコンクールに触れていた記事が目に止まった。この方も修論のテーマにしていたところコンクールのことを知って驚かれたそうだ。

その方がマティの主著を教えてくれた。その本は我が家にあったが未読だった。

綺麗な黄色い表紙。古い本のリンプリント版。なぜにこんなにページ余白が多いんですかね?(笑) ここに詩でも書き込むのかな。

この主著からの抜粋は、日本語でも出ている。が、なかなかに分かりにくい内容。

後ろのページにコンラート・ハンゼンというドイツの巨匠のコメントが載っている。ハンゼンはマティのこの本を我がバイブルと呼んでいたとのこと。

ところで私の関わっているある場所には70年代にドイツにピアノ留学された先生がいる。経歴を見るとハンゼンに師事されていた。たまたま先日お会いする機会があり、私はそのことを話題にした。ハンゼン先生はボロボロの小さな本を大事に持っていた、それがトバイアス・マティのその本だった、とおっしゃっていた。

ハンゼン自身はエドウィン・フィッシャーの弟子だそうで、フィッシャーの弟子にはアルフレッド・ブレンデルもいる。

私が、フィッシャーの音って音と音のあいだになんとも言えない香りのようなものが立っているというか…というと、ああいう演奏家はもう今はいないでしょう、とおっしゃった、ほんとそうですねと共感した。

私はまた、ブラームスの〈51のエクササイズ〉はドイツでも使うのかと質問すると使うとのことだった。

だがあのエクササイズはその意図や正しい身体の動きを習わないことには、譜面だけ見て機械的に練習しても全く意味がないというのは先生も同意見だった。

むしろ私が〈51のエクササイズ〉のことを知っていることをとても珍しがられていた。日本での使用頻度はどれぐらいなのだろう。

衝動コントロール

〜ピアノレッスンと人間的成長〜

人間の脳は三層構造になっています。一番内側にある爬虫類脳は生存本能に関わる機能を司っています。意識しなくても呼吸や心臓が働いてくれるのはこの脳のおかげです。また恐怖を感じた時に、逃げる/闘うなどの防衛反応が自動的に作動するのもこの脳と自律神経の連携によっています。

本能の部分は生存を助けてくれますが、時にはやっかいでもあります。怒りを感じるたびに人を殴っていたら社会生活はままなりません。

そこで衝動を上手に抑制する必要が出てきます。これは大脳新皮質と呼ばれる一番外側の層の働きです。いわゆる理性的な働きを司ります。

音楽の演奏には、衝動をコントロールすることが求められます。楽譜に書かれた音楽に沿って、自分でテンポを速くしたり遅くしたり、音量を大きくしたり小さくしたりするのは、衝動コントロール能力を練習していることでもあるのです。

安定した対象関係

ピアノレッスンと人間的成長

赤ちゃんはお母さんと愛着関係を結び、それを安全基地として、自分や世界を信頼することを学びます。

同じように、レッスンを通じて先生から評価してもらう体験が積み重なると、生徒の心の中で先生が特別な存在になっていきます。

心の中に取り入れられ、自分を支えてくれる存在を、心理学では〈内的対象〉と呼びます。重要な誰かとの関係を通じて安定した対象関係を内的に形成することは 、心を健康に保つ上で、お子さんのみならず、大人にとっても大切なことです。それがあってはじめて自分と他者、そして音楽への信頼感を育ててゆけます。

音楽レッスンは、安定した対象関係を育む場にもなります。

『二人の天使のこと』

二人の天使が私の前に現れたときのことを書こう。

新しい道を歩こうとしている時に、ちょっとした偶然のできごとが自分を導いたり、背中を後押ししてくれることがある。はて天使のというのは本当にいるのかもという気になるのはそんなときだ。

ある時、私は子供にピアノを教えるための教本について調べていた。それまでは大人を中心に教えてきたが、自分の枠を広げてみようと準備していたのだ。

その少女は向かいの歩道を自転車を押しながら悪戦苦闘していた。片手で後ろの荷台を持って後輪を宙に持ち上げながら、残りの手でハンドルを持ってなんとか運ぼうとしている。だが腕は疲れ、息は切れ、数メートル進んでは下ろし、また進みを繰り返している。私はちょっとした仕事があり、これから坂を登って、街の中心部の小高い山の上にある音楽堂に向かうところで、ちょうど私も少女のいる側の歩道に渡るところだった。道路を渡ると、少女の後ろ姿が眼前に近づいてくる、私は自分がそのまま通り過ぎるのだろうかどうするのだろうかという考えが浮かんでいた。ちょうどその瞬間、少女は持ち上げていた後輪をふたたび地面に下ろし、深く息をついた。気づくと私は声をかけていた。

「おぅ、どうした? 後輪ロックかかっちゃった?」

少女はふと顔を上げて、私をちらっと見る、警戒する様子もなく、おもむろに語り出した。

「あの、塾にきのう自転車おいてきて、取りに行ったら、カギ忘れちゃったの。」

たぶん、きのう塾に自転車で行ったが、帰りは何かの事情で置いて歩きで帰ってきて、今日取りに行ったものの、後輪のロックをはずすキーを家に置き忘れてきてしまった、ということなのだろう。昨日は雨が降ったからそのせいかもしれない。私はそう勝手に解釈した。

聞くと少女の家はここから五分ぐらいのところにあるが、私の向かう方向とは違っていた。

「方向が同じなら、ちょっと手伝ってあげようかなと思ったんだけど、オジサンここを左に曲がらなきゃいけないんだよ。」

私がそう言うと、少女は何か言ったようだった、声は小さくて聞き取れなかった。目を伏せるとふたたび自転車を移動させ始めた。

「じゃあ、がんばってね、ごめんね。」

私の声は少女には届かず、風に飛ばされていった。

ところが私は道を間違っていた。曲がるべきは、この角ではなく、もう少し先を左だった。私はまた少女に追いついて言った。

「曲がるのあそこじゃなかった。オジサン、後ろ持つから、前のハンドル持って、一緒に行けるとこまで行こう。」

少女は軽くうなずいてその通りにした。しばらく進むと、今度こそ私が曲がる角まで来た。

「オジサン、ここ曲がるんだ。」

「わたしも。」

「なんだ一緒かぁ。そうなんだ。もしかしてこの先の橋も渡る?」

「うん。坂登っていく。」

「なんだ一緒一緒、よかった、じゃあけっこうおうちの近くまで行けるかも。」

「カギうちに忘れちゃって。」

「早く自転車、取りに行かなきゃと思って焦っちゃったかな・・・?」

「うん。」

しばらく黙々と二人で自転車を運んで行った。

「山の上にね、音楽堂みたいのがあってね・・・」

「知ってる」

「あ、知ってんだ。オジサン、ピアノを弾くんだけど、そこにちょっと教えに行くんだ。」

「すごいですね・・・私も、ピアノ習ってる。」

「ええええ、ほんとに?!」

少し大げさに驚いてみせたものの、思い返せば、実はなんとなくそんな気がしていたのだった。だからわざわざそんな話題を出したのかもしれなかった。漠然とした予測が当たったからといって、そうとわかったときの驚きと喜びが減ってしまうわけではなく、むしろ何かに対する確かさの感覚が加わってそれらは増幅される気がした。

「そうなんだぁ。今、何年生?」

「三年生」

「何の曲やってるの?」

「えーっと、今は〈おおスザンナ〉」

このとき私に、―あなたが今、脳裡で再現しているメロディーは、〈おおスザンナ〉ではなく、〈おおブレネリ〉です―と指摘してくれる人は誰もいなかったので、たった今、その勘違いに気づいた。〈おおスザンナ〉は“I am come from Alabama with my banjo on my knee.”という歌詞から始まるフォスター作曲のアメリカの曲だ。〈おおブレネリ〉はスイス民謡ではないか。しかもその歌詞を先の方まで歌ってみた時、やはり無意識というのは恐ろしいと思った。―おおブレネリ、あなたのお家はどこ?―というのだから。

「あ、家、もうすぐそこです。」

「あっそう。じゃあオジサンはこっちだからここで・・・」

「はい」

「気をつけてね。」

「はい、ありがとうございました。」

きっとそのあと家について、このことを話したお母さんから、知らないオジサンには気をけるように言われているに違いない。

二人目の天使は、私が誰もいない公園でお弁当を食べていた時に現れた。その公園にはなぜかベンチがなく、私はブランコに座って食べていた。しばらくすると少年が自転車に乗ってやってきた。ブランコに乗りに来たらしい。少年は私をちらちらと見つつも、隣のブランコに乗ろうとした。そちらのブランコの下には昨日降った雨のせいで、水たまりが出来ていた。私は言った。「そっち水たまりあるから、こっちのに乗れば?」「うん。」私はちょうど食べ終わったところだったので、立ち上がってブランコを譲った。

二人の天使の話はこれで終わり。

ちょうど子供のことを考えているときに、子供がやってくる。なんて素敵な贈り物だろう。もし神様のしわざだとしたら、神様とはきっと粋な人に違いない。

音楽の基礎能力を育てる

音楽の基礎能力は、いくつかの能力の複合からなっていると言えます。

ソルフェージュ:読譜に関するいろいろな能力を身につけること。

  • 音符の高さと長さを読み取る
  • 音符の音を声に出して、または心の内で再現する
  • ピアノで弾かれた音を耳で聴いて楽譜に書き取る(書き取り聴音書)
  • ピアノで弾かれた音を耳で聴いて鍵盤上で弾く(聴音奏)
  • 初めて見た楽譜の音を再現する(初見視奏)

楽典:楽譜に書かれている楽語や記号の意味や、音楽理論を理解すること。

音楽のリズムを身体で感じる能力(リトミック)

正確に楽譜を読み、音楽を心の耳で聴き、身体の内側から演奏する。このような諸能力の複合が基礎を作ります。

イネガル奏法

バロック時代の音楽では、特にフランスでイネガル(不均等)奏法という習慣がありました。楽譜上で均等に書かれているリズムを不均等に演奏します。

呼吸のリズムは、吸うと拍の比率は、起きている時で1:1、寝ている時はおよそ1:2に近くなります。心臓リズムも1:2ですね。このような身体的な体験が基盤にあって、それが前者は2拍子、後者は3拍子というふうに、偶数拍子と奇数拍子に分岐してゆくのでしょう。

ただ〈音楽〉として分節されたこのようなリズムは人口的なもので、実際の呼吸は1:1と1:2の間で無数に可能な 、より微妙な比率で分割されたリズムで膨張と収縮が繰り返されているのが自然です。

イネガル奏法は、人口的に分割された音価にこのような身体性から生じる自然な揺らぎを与えるものと考えられるでしょう。例えば連続した二つの8分音符を1:1ではなく、2:1に近い比率で弾きます。どの程度の比率の揺らぎを与えるかは奏者の自由に任されており、そこに解釈の楽しみがあります。実際に同じ曲を別の演奏者で聴き比べてみると、だいぶ違いがあり、ほとんど3:1(いわゆる付点リズム)に近くまで揺らしている奏者もいます。

イネガル奏法を使うと、ジャズで言うスウィング感が出て、メロディーが歌うようになります。ただしこの時に音のグルーピングを間違えるとだいなしになります。表↓裏↑/表↓裏↑/では音楽の動きは生まれません。リズムは裏拍から始まります。裏↑/表↓裏↑/表↓裏↑/表↓です。表裏ではなく、ウラオモテのある人になりましょう!

フランスのラモーの曲はイネガル奏法をたくさん使えるので、ぜひ挑戦してみて下さい。優雅で美しく、また楽しい曲が多く、私も一時期ハマり、全48曲を録音したことがありますこの音声もその時のものです。(その他もYouTubeチャンネルで聴けます。)

完全にノーペダルで弾いていますが、音価を不均等に弾くこと音に流れが出て繋がっているように聴こえると思います。私の趣味としてイネガルの揺らぎの量は基本的に少な目で、フレーズの形などによってたまに強めになるという程度にしています。

ちなみにバッハの曲にイネガル奏法を使うとドイツ語のリズムには合わないのか、違和感がありますが、それでも表面上はわからない程、身体の中だけでイネガルなリズムを感じて弾くと、それだけでスウィング感が出るようです。また別の時代区分の曲でも使える場合があるように思います。色々と試してみると良いでしょう。

暗譜法、記憶の仕組み

記憶以前Piano Practice Assistantというアプリを使ったことがある。記憶に関するさまざまな研究結果に基づいて開発されたらしい。

記憶術について過去の研究から効果的なのがわかっていることがふたつある。Spaced Repetition (間を開けた反復)これは、ひとつのセクションを長時間いっぺんに練習するよりも、一定の時間、日にち、週を空けて繰り返し練習する方が記憶の想起に対して効果的という原理。

Interleaved Practice(差し挟み練習)、もしくはDistributed Practice(分散練習)これは実際には、間隔反復の原理を一回の練習時間の中で用いたもので、一度の練習の中で、同じセクションを短い時間、複数回行うこと。その際に、短いセクションをランダムな順番に混ぜて(つまり差し挟んで)やることだ。すべてのセクションを順番に長い時間練習するBlocked Practiceより効果があることが研究からわかっている。

暗譜というのは中期・長期記憶に音を刻み込んでいくことだから、そのためには覚えた音を中期・長期記憶から取り出すという作業を練習する必要がある。今覚えたばかりの音は作業記憶に保存されているため、すぐに繰り返して想起して弾けたとしても、それは作業記憶から取り出して弾いているだけの可能性が高い。その時は弾けても、次の日には忘れている度合が高く、非効率的になる。

差し挟み練習では、まずAセクションを短時間練習し、次にC,E,B、D とランダムに他のセクションの練習を間に差し挟んでいく。つまり作業記憶スペースには次々と新しい情報が流れ込んでくるので、最初にインプットしたAを保持しているのが難しくなる。(人間は一度に7つぐらいしか作業記憶スペースに保持できないらしい。音楽の演奏ではひとつのセクションを弾くのにさえ、7つどころではない多くの作業が複合的に含まれていることを考えれば、おそらくひとつかふたつの短いセクションを続けて練習しただけでも、最初に入れたセクションは作業記憶からクリアされるのではないか)。つまり最初にインプットしたAは、他のセクションをインプットしている間に作業記憶スペースからかなりクリアされてしまっている可能性が高く、ということは次に何分か後に再びAの練習に戻って来た時には、作業記憶からではなく、中期・長期記憶から引き出そうしなければ引き出せないことになる。

このように、差し挟み練習法を取ることで、記憶したことを中期・長期記憶から取り出す神経回路を強化する訓練になっているようだ。Blocked Practiceはその時は弾けるので弾けたような感覚が得られるのだが、それこそが落とし穴とも言える。

このアプリでは、あらかじめ打ち込んで置いたセクションやサブセクションをアプリがランダムな順番で指示してくる。

ハーモニーの分析

曲の中で、三つ以上の音が同時に鳴ると和音が作られます。多くの西洋音楽の楽曲では、中心となる和音に対して、その他の和音が階層的に秩序付けられることによって、お互いに意味のある関係性が表現できる仕組みになっており、それが緊張と弛緩、遠い近い、といった印象を生み出すように働いています。「ハ長調」とか「ハ短調」といった言葉を聞いたことがあると思いますが、これはその中心となる和音を表しています。和音がお互いに無関係に並んでいるのではなく、ある関係性を生み出すようになっている仕組みを「機能和声」と呼びます。ハーモニー分析とは、楽譜に書いてある和音がどのように構成されているか、またそれが全体の地図の中でどのような位置にあり、どのような機能を果たしているのか、などを理解することです。

ハーモニーの分析ができると以下の良いことがあります。

  • 曲の中でハーモニーによって生み出されている緊張と弛緩の動きを明確に表現できるようになる。
  • それによって音楽に推進力が生まれる。
  • 楽譜上で和音が出てきたときに、ひとつひとつの音を読むのではなく、パターンで認識できるようになるので、譜読みが格段に楽になる。
  • 初見が上達する。
  • 暗譜が楽になる。
  • 理論的な理解は記憶を助けるので、暗譜がより確実になる。
  • ポップスの楽譜などのコードネームが読めるようになる。
  • 簡単な即興や作曲できるようになる。

ハーモニー分析は、主にローマ数字を用いた方法や、コードネームを用いた方法があります。それぞれの良さがありますが、できれば両方から捉えることが望ましいでしょう。ジャズのハーモニーなどの考え方もお伝え出来ます。

楽曲解釈の力をつける

楽曲解釈とは、楽譜に書かれている情報を深く読み取ることです。楽譜に書かれている音符は、鍵盤を機械的に押すだけでは、なかなか生きた音楽にはなりません。楽譜を読んだ人がその音楽を自分の心の動きとして掴み、その内なる音楽を、身体を通じて鍵盤に伝えてはじめて、実際に鳴り響く音に命が吹き込まれるのです。

心の動きとして音楽を立ち上げるために必要なのが、楽譜を読む力、つまり音楽を解釈する能力です。初心者は音符の高さや長さなど、表層に書かれている情報を読み取ることから始めますが、より経験を積むにつれて、曲の形式、曲全体の構造、モチーフやメロディーの作り、和音のつながりなど、背景に潜んでいる情報を読み取れるようになります。文章で言えば〈行間を読む〉作業に例えられるでしょう。

楽曲解釈にはたった一つの正解というものはなく、演奏者が選べる自由度がある点に大きな面白みがあります。楽譜を深く読み込むために必要な知識にはさまざまなものがありますが、できるだけ初歩の段階から曲に取り組む中でお伝えしてゆきます。

Tobias Matthayのピアノ教育原理

我が家の本棚からピアノ教育に関する本をランダムに取り出してみる。トバイアス・マッセイ(1858年 – 1945年、イングランドのピアニスト、教育者、作曲家)。邦訳書は『ピアノ演奏の根本原理』と『ピアノ演奏弛緩の技法』の二冊が出版されているが、この本は出版されていないようだ。

前書きの日付は、1912年とある。まずタイトルは、”Musical Interpretation-Its Laws and principles And Their Application In Teaching And Performing”。日本語に訳すと『音楽解釈ー仕組みと原理 教育と演奏への生かし方』という感じか。

導入の章に書いてあることを少し紹介してみよう。

教えるということについて。

・生徒に〈教え込む〉ことはできない、生徒が学ぶのを助けることができるだけ。

・生徒の中にも、すべて教えてもらおう、先生に解決してもらおう、という受け身な姿勢がある。まずそれと闘わねばならない。

・生徒が自分の耳を育て、演奏や練習について自分で分析できるよう助ける。

・説明なしで模範演奏を見せる危険性:外面だけ真似てしまう。(例:ルバート)。

生徒についての分析点4つ

1.生徒が実際に何をしているか?

2.何らかの間違いに気づく

3.生徒がその間違いを行っているの理由はなぜか?

4.生徒はどんな心構えを持っているか? それに合った伝え方はどのようなものか? 

〈詰め込み〉と〈教育〉の違い

〈詰め込み〉:先生が自分の思う通りに生徒が弾くように仕向ける→生徒が自分の頭で考えない。

〈教育〉:どこに間違いがあり、どうあるべきかを指摘するだけでは十分ではなく、それが起こっている原因と直し方を伝える必要がある。例1:速い曲でテンポが速すぎる:「もっとゆっくり」ではなく、「裏拍に注意を向けながら弾いてみよう。」例2:遅い曲でテンポが遅すぎる:「もっと速く」ではなく、「長いフレーズを意識して弾いてみよう。」

ということで全体的には、分析的知性を働かせることの重要性が強調されている印象です。ただし、それを先生が音楽への熱意を背景に持って伝えることがなければ、単なる理屈によっては生徒は説得できないでしょう、と付け加えるのも忘れていません。

以後の章も面白かったらまた書きます。